Tomo.t Studio 似顔絵・カリカチュアの世界大会で優勝した田畑伴和のサイトです。似顔絵イラストをはじめ、似顔絵通販、出張似顔絵イベントなど承っております。

アステラス製薬の情報誌に紹介されました!

だいぶ前の話になってしまうのですが…

今年の4月に、アステラス製薬株式会社の特約店情報誌『Flying Star』の取材を受けました!

この巻頭インタビューのバックナンバーには、

・サイエンスプロデューサーの米村でんじろうさん
・アナウンサーの徳光和夫さん
・書道家の武田双雲さん
・料理研究家のケンタロウさん
・写真家の梅佳代さん

と、錚々たるたる方々が並んでいます。

 

インタビューでは、口べたな自分から、普段は説明しないような本質を突く話をじっくりと引き出して頂き、
プロとしての素晴らしさを感じました。

スタッフの皆様には、本当に感謝しております!

 

↓ こちらから、読みやすい誌面のPDFデータがご覧になれます。

アステラス製薬情報誌「Flying Star 3-4月号」PDF

 

取材のようす

 

 

〜以下、「アステラス製薬 Flying Star 3-4月号」より転載〜

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↓ こちらは、テキストデータです。
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FlyingStar

挑戦者の素顔

The real face of a challenger

テーマパークやショッピングモール、イベント会場で
よく人垣ができているのが似顔絵のコーナー。
ユーモラスなタッチと素早く描き上げる職人芸で
モデルになった人たちを笑顔にしています。
田畑伴和さんは2011年の似顔絵世界大会の優勝者。
似顔絵にかける熱い思いや魅力を伺いました。

 

地元のお祭りで
似顔絵描きを体験

──絵は小さい頃から描いていたのですか。
描いてましたね。教科書にパラパラマンガばかり(笑)。
実家が看板店で、祖父が映画看板を描く姿を小さい頃から見て育ち、知らず知らず影響を受けたのだと思います。
マンガもよく読んでましたし、工作も好きでした。夏休みの宿題で竪穴式住居を作って持って行ったことがあるんですが、
藁を切ったりして細かいところまでよく作ってあるってみんな驚いていました。

──影響を受けたマンガ家はいらっしゃるのですか。
藤子不二雄さんですね。ストーリーはもちろんですが、今思うと表情の表現 の豊かさに惹かれていたんだと思います。
表情を真似しようと模写したりもしていました。

──似顔絵を描くようになったきっかけはあるのですか。
祖父が地元のお祭りで似顔絵描きをやっていたんですが、高校3年のときに 「おまえもやってみるか」と言われて、
練習も何もなく、いきなり祖父の隣に座ったんです。お客さん? 来ましたよ。祖父が1500円で僕は100円で したから(笑)。
デザイン関係の進路を考えていたんですが、その経験で似顔絵も考えるようになりました。

──では、本気で似顔絵を描こうと思ったのはいつですか。
静岡から東京に出て、デザインの専門学校に入学したんですが、
1年のとき に『笑っていいとも!』(フジテレビ)の似顔絵選手権というコーナーに出演 したんです。
あのコーナーは、当日の朝、スタジオのあるビルの前に並んでオ ーディションを受けるんですが、
そのときの課題はタモリさんで100人くら い集まっていました。
僕はタモリさんのカツラが取れるパラパラマンガを描いて行って、それが選ばれたんです。それで少し自信がつきました。
絵は、今見 たら「もっとちゃんと仕上げろ」ってむかつくようなものだったんですけどね 。

──だんだんと気持ちが固まっていったわけですね。
そうですね。道が絞られてきた感じですね。それで独学で勉強しながら描いていたんですが、
そんなとき、『TVチャンピオン 似顔絵職人選手権』( テレビ東京)という番組を見たんです。
で、「この人すごい。この人のもとで 働きたい」と出場していた方に感銘を受けて、
すぐその方の所属していたプロダクションの門を叩いたんです。

──すぐ似顔絵作家として活動を始めることができたのですか。
平日は学校に通い、土日はプロダクションから派遣されて、観光地や商業施設で似顔絵を描くようになりました。

──1日にどれくらい描くのですか。
1日に20人から30人。1人にかける時間はだいたい10分から15分ですね。
おそらくこれまでに延べ10万人以上は描いていると思います。
もう数えてませんけどね。

── 今とは絵のタッチなどは異なっていたのでしょうか。
最初は、ほとんどの新人の似顔絵作家がそうであるように、デッサン的なかわいい絵を描いていました。
それが、描いているうちにお客さんの特徴が捉えられるようになってきて、それからは、特徴をデフォルメして強調するのが
自分の画風になっていきました。でも、当初は無闇やたらに誇張してしまって失敗もありました。
プロダクションに一緒に在籍していた仲間に同じ方向性の人がいて、お互いに「僕はここまでデフォルメしたぞ」って競い合ったんですね。
特徴を捉えて いるんだけど、特徴しか捉えてなくて、誰だかわからないくらいまでいきまし たね(笑)。
それがお客さんにしてみたら暴力に感じることもあったんでしょ う。
描いた絵を返されちゃうことも結構ありました。最初の2年くらいはそう いう時期でした。

──それからは手加減するようにしたのですか。
できますけど、なるべくやりません。「この人はきっとここを気にしている
んだろうな」と気遣って、
その特徴を抑えるのは逆に失礼だと思っているんで す。
僕は全てチャームポイントだと思っているので。
ですが、やたらと誇張するんじゃなく、自分が感じたことを素直に表現するようにはなりましたね。
それに突き返されると僕も悲しいので、「こうなりますよ」と了解をとって描くようになりました。
それに、似顔絵作家はお客さんに育てられるところが大きくて、「おもいっきりやって」と
全部受け入れて許してくれるお客さんがいるんですね。
そういうお客さんとの出会いは僕にとって宝ですね。

似顔絵世界大会で優勝
欧米の画風も吸収

── 独立されてからもやはりライブが活動の軸なのですね。
自分の作品に対する反応がダイレクトに見られる仕事ってそうはないと思うんです。
例えば雑誌の編集だって読者とは物理的、時間的に距離がありますよね。
でも、似顔絵は「はい、できました」って見せたときの表情をしっかり見ることができます。
花がパッと咲くような感じというか、そのときの空気感が僕はたまらないんです。

──似顔絵世界大会にもチャレンジし続けていますね。
アメリカに本部のある国際似顔絵師協会という組織があって、そこが毎年主催している大会です。
最初に参加したのは21歳のときで、以降、不定期ですが6回挑戦しています。
旅費も自己負担ですからきついし、大会もまるで苦行のようにつらいんですが、山登りみたいなもので、
やり遂げるとまた行きたくな っちゃうんですよね。

──どのような大会なのですか。
毎回、10カ国以上の国から200人前後が集まってお互いの腕を競います。日本はアメリカに次いで多く、30人くらい参加しています。
期間は4日間。そ の間に参加アーティストがホテルの会場でお互いの似顔絵を描き合います。
参加者1人1人にはドアくらいの掲示スペースが与えられていて、作品が完成し たらそこに貼っていきます。
描く作品の数や大きさは自由で、最後に参加者自身が審査員になり、自分以外のアーティストに投票してベスト10が決まります。
だいたいみんな顔見知りですから、「これはあいつだ、似てるね」「これは 特徴をうまく捉えてる」ってわかるんです。

──苦行というのはどういう意味ですか。
みんなほとんど寝ないで、ほぼノンストップで4日間描き続けるんです。特 に日本の人は寝ませんね。
僕も寝る間を惜しんで、会場にいる参加者から描き たいモデルを探しては、ただひたすら描き続けます。

──6回目の挑戦となった2011年の大会で見事に総合優勝されましたね。おめでとうございます。
ありがとうございます。毎回、自分のベストを尽くしているんですが、この
大会は開票されるまで誰が優勝するのか全然読めなくて、いつもドキドキなん です。
07年、08年、09年と4位入賞が3回続いての優勝なのでとてもうれしかったですね。
これほど絵に没頭できる機会は本当に貴重で、エキサイティングな時間です。
07年あたりからはつたない英語で国を超えた友だちができるようになり、環境の違う同年代のアーティストから新たな刺激を受けるようになりました。
1度優勝するとマスターズ枠になってしまうのが残念ですが、これからも 1点1点丁寧に描き続けていこうと決意を新たにしました。

──大会で描いた作品はどうなるのですか。
モデルになってくれたアーティストにプレゼントするのが習わしです。
だから、世界中のアーティストが自分を描いてくれた作品がお土産になるんです。

──日本の似顔絵と海外の似顔絵には違いがあるのですか。
ヨーロッパだと宗教画のように重厚で写実的な絵の方が評価されやすいというか、そういう絵が得意な人が多いですね。
日本の似顔絵はマンガと浮世絵の影響を受けている感じですかね。僕も以前はマンガっぽい軽快な画風だったと思うんですが、
世界大会に参加するようになってからは、説得力のある重いタ ッチも取り入れるようになり、絵の幅も広がったと思います。

似顔絵を日本の
誇れる文化に

──国内の似顔絵大会を主催されましたね。
11年に国際似顔絵師協会の日本支部を有志で立ち上げたんです。
しかし、支部が立ち上がる前に既に大会を2回してくださった方々がいて、
3回目の日本大会の実行委員長になりました。
世界大会と違うのは、会場を誰でも入れるようにオープンにし、一般の方にモデルになって頂く競技を設けたことです。
似顔絵作家というのは、マンガ家になれなかったから仕方なく似顔絵を描いているみたいな人が以前は多かったと思うんですが、
僕たちの世代は似顔絵作家になりたくてなった人が多いんです。
だから「もっと似顔絵の認知度や価値を高めたい」「似顔絵を日本の誇れる文化にしたい」という思いがみんなにあって、
それが結集した形ですね。普段は ライバルですが、同じ道を歩く仲間でもあるわけですから。

──10万人以上の似顔絵を描いてきたからこそ言える、似顔絵の魅
力とは何でしょう。
似顔絵は、写真には写らない部分を描かなければ意味がないと思っています。
ただ似せて描くだけじゃなく、共有した時間を1枚にしているというか、 仕草とか、表情とか、趣味とか、話した印象とか、
そういうものを全て含んだ 「その人らしさ」を表現しているんです。
それが似顔絵の魅力じゃないかと思 います。
顔を描いているんだけど、あまり顔を描いているという意識はなくて 、全部まとめて描いているんです。
だから、お客さんに「本人より似てる!」 って言われるのが一番うれしくて、それが究極のらしさなんじゃないかと思います。
それに似顔絵は「笑えるアート」なんです。アートの中で笑いが出るジャンルって少ないですからね。

──似顔絵を描くことは、瞬間的に相手の懐に飛び込むことだと思うのですが、独自のコミュニケーション術はあるのですか。
そんな大それたものはありませんが、お客さんに「らしさ」を出してもらわ
ないと固い絵になってしまうので、
自然体でリラックスしたコミュニケーションを心掛けています。
構えず、何気ない会話をしながら、冗談も言いながらって感じですね。
描きながら「お腹空いた」って思えるくらい余裕があるときの方がいい絵が描けますね。

──これからやってみたい仕事は。
僕は立体の似顔作品も手掛けていて、今もあるミュージシャンのCDジャケ ットに使われる作品をつくっています。
そういう立体も含めた作品を、モデル になってくれた方だけでなく、もっと大勢の人に見てもらいたいですね。
アーティストやタレントのキャラクター化もそのひとつの方法かなと思ってい ます。
それと、これはまだまだ勉強してからだと思っているんですが、将来は世相 をユーモラスに斬る風刺画も描いてみたいですね。

──ありがとうございました。

 

 

 

 

 


2 Responses to アステラス製薬の情報誌に紹介されました!

  1. 宇宙からきたタマゴラスさん より:

    うひゃ〜!
    たばたさん!!!
    ほんとうぅ〜にたばたさんの似顔絵のファンです〜!!!
    なぜなら超ハッピーな似顔絵ですので!!!
    いつかたばたさんの似顔絵の美術館ができればいいのになぁ〜
    美術館はもちろん、『きのこの館』みたいにしましょう!!!!!

    • tomo tabata より:

      ありがとうございます!
      美術館!?思いつかなかったです!
      でももし作るなら、絶対変な美術館にしちゃうね。

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